とうふ、おいしいね。

世間の荒波でサーフィンできるようになりたい。

自分の命を差し置いてまで大事な用事ってあるのかな(4)

 ↓前回の

sakutan3.hatenablog.com

 

引っ越して来る前は義母が遠くの大学病院まで検査に連れて行っていた。
私は自宅で引き続き仕事をしていた。
前払いでもらっている仕事もあったのと、子供の世話、夫の世話、家事などで忙しくあまり時間に余裕はなかった。
ある日、うちの母ばかりに病院へ行かせやがって!自分も手伝おうと思わないの?
と言われた。それもそうだ、少し義実家に甘えすぎたかなと思い車を出した。

義母からは、大変だろうから自分がやるからいいよと言ってもらっていた。
だが裏ではしんどいし、なんのために嫁がこっちにいるのか分からないと言っていたぞ!と夫から聞かされる。
それ、義母に確認してもいいか?と聞くと必死で妨害してくるのを見るところ嘘なんだなと分かっていたがもしかしてと考えると辛かった。

引っ越してきてから仕事もお金もあまり芳しくなかった。
私の技術不足の成すところだ。
義父からはこれ以上の援助はしないからなんとかしてねと言われた。
もちろんそのつもりで仕事を探して就職しますと言って本当に就職した。
年齢も高めなのであまり期待していなかったがかなり自由がきく会社だったので社長ほんとうにありがとう。

就職が決まったと義実家に報告しに行った。
喜んでもらえると思っていたら違っていた。
この状況でよく就職なんてしようと思ったね、その辺のパートでもなんでも仕事はあるでしょうに。お金が足らないなら「援助してください」って頭くらい下げるべき。
と言われた。なにそのダブスタ
正直ショックだった。
腐っても技術職。1日、2日でガラッと変わる世界でもある。
ついていくだけでも精一杯なことは分かってるはずなのに。
これはかなり堪えてしまって子供を抱きしめながら泣いた。

色々と無理をしたせいでまたもや体調を崩した。
そんなこんなで迎えた初出社。
マスクでセキこんこん。
どこにいても分かるわと言われるくらいずっとセキ。

1日、2日出社後は土日。ゆっくり休もうと思っていたら、夫から
「今、関東の方へ一回帰りたい荷物取りに行きたい」
と言い出した。
「いつ動けなくなるか分からないし。そうだ、俺の友達も連れて行く」
と言い出した。

何を言ってるんだろう。
ずっと咳き込んでるのに?
もしかして私の事が見えてないのかな。

「いま体調悪いから土日は休みたい。まだ働き始めて間もないし・・・」
と言いかけたところで「いつ、動けなくなるか、分からないんだよ?」

「ハイワカリマシタ・・・」

「それと、セキうるさいから。うつると困る。」

「ハイゴメンナサイ・・・」


もうあまり何も考えないようにしよう。
考え始めたら、何かが崩れ去ってしまうような気がするから。

波打ち際に立ってると、砂がざーっと足元から崩れていくあの感覚。

結局夫の友人も巻き込んで関東へ行くことになった。
金曜にフルで働いて、その後に夫友人を拾って夜通し運転して明け方に着いた。
実母が心配そうに「大丈夫なの?」と聞いてきたので「大丈夫だ」としか答えなかった。
用意してもらった布団に倒れ込むようにして昼まで眠った。

昼過ぎたころ、夫の友人に会いに行くといい、車を出すように言われて言われるがままに。しばし歓談を楽しみ、お別れをした。
体が疲労でぶるぶる震えた。
とにかく食べて眠る、他の事は忘れるようにした。

夫はある程度荷物を見繕って車に載せるように指示してきた。
荷物を詰め込んだ。

 

まだまだ荷物がたくさん残っていて1室の殆どを占めている。
他の荷物はどうするの?うちの家に置きっぱなしなの?とうちの母。
「後でまた取りに来ます。それか処分してもらえれば」

・・・・・・・・

「オカアサンゴメンナサイ、アシタモマタシゴトダカラカエルネ」

日曜日。月曜日からはまた普通にフルで仕事だ。
「勝手にしなさい。家に着いたら必ず連絡しなさい。」
「ウン、ワカッタ。アリガトウ。デンワスルネ」

母に心配させたくない。
母に対しても「ダイジョウブ」って言うマシーンになった。
その日から、何が起きても「ダイジョウブ」としか言わなくなった。
ぜんぜん大丈夫じゃなかった。

 

(何話まで続くんだろ・・・)